適当でごめんなさい

こんにちは、つじばこと辻林です。名前は直人といいます。良かったら積極的に名前で呼んでください。

変態とか言われてましたけど、いつの間にばれてたんですかね。隠してたつもりやのに。でもまあそうは言っても人並みやろうと思うので、そんなに変態変態言わないでください。一度イメージがつくともうそんな風にしか見えなくなるので。

それにしてもみなさん、最近元気ですか?
‥‥‥。

と、ここまで流れで書きましたけど、筆が止まりました。

あこぎぶろぐって何書けばいいんやろう。何のために始まったんやろう。などの疑問を残しつつ、まあ何でもいいか、好きな歌手でも紹介しようかなと思いましたが、そういえば僕はいつもこんな風に適当に行動してるな、と自分の言動を振り返っています。

最近は同回から、やれゆとり、かれゆとりと散々に蔑まれ、Tゆかさんからは、つじばはいつもそんなに適当に行動して何を思って生きてるの!?なんて心に刺さるお言葉をいただき、自分ってそんなに適当に生きてるかな、そんなにゆとってるかな、とちょっと不安を覚えてきました。

でもですね、見方を変えると、適当に生きるって意外と難しいんじゃないかなと思います。


かの有名なアインシュタインさんはこんな名言を残しています。

「人間の真の価値は、自分からどれくらい自由であるかで決まる」


ふむ‥
自分の理想やこうじゃなきゃいけないというものをもつことには、仮にそれが達成されたとしても終わりがなく、風を追うようにむなしい。むしろ自分を満足させることに囚われるよりも、自分から自由になることのほうが価値があるということなのでしょうか。
じゃあ価値があるって何?本当の幸せって何?



次回、「幸せってなんだろう」
なかたあやねがお送りします。(たぶん)(適当ですみません)